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熊本古民家探訪④~小泉八雲熊本旧居~

小泉八雲記念館

「耳なし芳一」や「雪女」などの作者として知られている小泉八雲(こいずみ・やくも)。54年の生涯のうち14年間を日本で過ごし、そのうち3年間を熊本で過ごしました。

八雲が熊本で住んでいた熊本旧居は現在でも熊本市中心部に残されており、一般公開されています。毎年県内外からたくさんの人々が訪れ、ときには各界の著名人も来館するそうです。

日本人よりも日本を愛していたという八雲。日本の文化・慣習に関する名著を、この熊本旧居で執筆しました。

今回は、当時の面影をありありと偲ばせ、八雲のこだわりが随所に見られる小泉八雲熊本旧居についてご紹介します。

※小泉八雲熊本旧居は、熊本市の有形文化財です。つむぐは復元・改修工事に関わっていません。

日本を愛した八雲の名作はここから生まれた

小泉八雲記念館

小泉八雲は1850年、ギリシャに生まれました。

青年時代までをヨーロッパで過ごし、その後アメリカでジャーナリストになった八雲が日本に来たのは1890年のこと(40歳)。最初の1年間を島根県の松江市で過ごし、その後1891年~1894年の3年間(41歳~44歳)を熊本で過ごしました。

当時の日本は世界において「清潔で美しく、文明社会に汚されていない国」という印象があり、八雲はこれを聞いて日本に深い関心を持ち来日を決意。

来熊したときは、外国人教師専用の洋館には「畳がない」と言い、江戸時代の武家屋敷であるこの熊本旧居に住んだといいます。また、松江に住んでいた頃、出雲大社を参拝したことがきっかけで「神道」にも関心を深め、熊本旧居にも特注の神棚を設け毎朝礼拝していたのだとか。

小泉八雲記念館

さらに学校へは人力車で通っていたそうで、日本人よりも日本人らしい生活をしていたようです。

今日では、怪談の作者としよく知られているためにミステリー作家として捉えられがちな八雲ですが、怪談は作品の一部に過ぎません。随筆・民俗学・紀行文などの分野でも、多数の著書を残しています。

熊本では「家庭の祭壇」や「知られざる日本の面影」など日本の文化・慣習について書かれた本を執筆。のちに作家として広く知られるようになったのは、熊本で書いたこれらの作品によるところが大きいとも言われています。

小泉八雲記念館

ちなみに小泉八雲の本名は、パトリック・ラフカディオ・ハーン(英語)。小泉は、松江時代に結婚した小泉セツの名字です。八雲と改名したのは、帰化手続きが完了した1896年のときで、日本最古の歴史書「古事記」にある「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに…」からとりました。日本の神髄を追求した八雲ならではの名付けですね。

幾度の困難を乗り越えて守られてきた熊本旧居

小泉八雲記念館

熊本旧居はもともと、現在の手取本町にあった旧熊本藩士赤星晋策氏の屋敷でした。様式は江戸時代の武家屋敷でしたが、1877年の西南戦争で焼失。その後すぐに古材で再建されました。(古材とは、住宅に使用されていた柱や梁などの古い材木のこと。西南戦争により建材調達がひっ迫されたため、古材を再利用した)八雲はこの屋敷で、約1年間暮らしました。(残りの2年間は坪井旧居で生活)

小泉八雲記念館

その後熊本旧居は戦禍を免れ、災害にも耐え抜き残存していましたが、1960年に解体の危機にさらされます。歴史ある建物で文化的価値も高いこの熊本旧居を失くしてはならないという声のもと、小泉八雲熊本旧居保存会によって現在の安政町に移築保存されました。

小泉八雲記念館

1968年には熊本市有形文化財に指定され、1995年に記念館としてオープン。しかし2016年4月の熊本地震では甚大な被害を受け、修復工事のため一時閉館しました。修復した部分から徐々に公開し、翌年には全面公開に。今では年間の入館者数は1万人を超え、小学生や修学旅行生なども見学に訪れているそうです。

小泉八雲記念館

現在の熊本旧居は6つの座敷から成り、八雲が執筆していたのは西と南に縁側のある8畳の部屋。八雲は夕陽を眺めるのが好きだったので、西日が当たるこの部屋に文机を置きました。文机の高さは85㎝もあるので(一般的な高さは約70㎝)大柄な人だったのかと思われますが、身長は160㎝ほど。実は強度の近視であったために机を高くし、紙に目を近づけて執筆していたのです。

【熊本旧居 構造概要】
・建坪:50坪
・敷地面積:162坪
・屋根:目板桟瓦葺き
・外壁:新壁/ネズミ漆喰仕上げ
・室内塗料:キシラデコール(古色仕上げ・防虫防腐剤)
・土間:赤土に砂利とにがりを混ぜた三和土

教え子には数々の著名人も輩出。館長坂本さんが語る八雲の魅力

小泉八雲記念館

館長は八雲の研究第一人者であり、八雲に関する講演会の講師も務められている坂本弘敏(さかもと・ひろとし)さん。(小泉八雲熊本旧居保存会理事・熊本アイルランド協会理事)

坂本さんは熊本旧居の館長に就任して10年以上経ちますが「八雲の世界は未知な部分が多い。だからこそ探求が尽きない」と言います。

「八雲は日本人の暮らしを五感で観察し、美しい文章でそれを表現したことからワードペインター、つまり言葉の画家とも呼ばれています。その豊かな感性は絵にも表れているんですよ」今回は特別に、八雲の遺稿「小泉八雲秘稿画本 妖魔詩話」(復刻版)を見せていただきました。

小泉八雲記念館

小泉八雲記念館

松江の手織り木綿を模した表装を開けると、八雲が描いた日本の妖怪たちがずらり。「恐ろしい顔をした妖怪たちですが、どこかひょうきんで愛くるしい。実在しない妖怪ですから、想像力を働かせて描いたのでしょう。楽しさまで伝わってきますね」と顔を綻ばせていました。

さらに坂本さんは、「八雲に集った五高(現・熊本大学)の学生たちも素晴らしく、後に著名となった人が多いんですよ」と教えてくださいました。「八雲は五高の英語教師として教鞭をふるう傍ら、日本文化を研究していました。書生の幾人かはこの熊本旧居に住み込み、みなで寝食を共にしながら八雲の研究・執筆を支えていたのです」

小泉八雲記念館

坂本さんは、神具・仏具などが描かれた作品「家庭の祭壇」を見せてくださいました。「これは八雲が日本の慣習について研究した随筆ですが、教え子たちはこれら道具類の調査にも力を注いでいます。教え子たちは八雲の英文を日本語に訳していましたから、英語力も非常にも高かった。八雲が日本で有名になったのは、教え子たちの熱心な調査研究と語学のサポートがあったからなんです」

小泉八雲記念館

教え子たちはその後、政界や教育界などあらゆる分野のエキスパートに。立派な立身出世の背景には、八雲の精神性があるのは言うまでもありません。八雲は五高での講演時に、熊本の人々を「簡易・善良・素朴」と表現しました。それは今日の“熊本スピリッツ”として県民にも脈々と受け継がれていることでしょう。

【小泉八雲熊本旧居】
熊本市中央区安政町2-6/096-354-7842
開館時間:9:30~16:30/入場:無料/
駐車場:なし(近隣のコインパーキング)
定休日:月曜(祝祭日の場合は翌日),年末年始
ホームページ:https://kumamoto-guide.jp/spots/detail/62

会社概要

   

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熊本県熊本市北区弓削5-14-28
   

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